旅の途中に訪れた土地の名前の謂われについて関心を持った経験は、どなたにもあると思います。
筆者自身も、地名の語源にはかなり惹き込まれるものを感じます。
「信濃(しなの)」というのもそんな地名の一つで、かつて現地まで行って筆者なりに実地調査をして来たほどです。(わざわざ出かけて行ったのは、世の地名語源辞典の類いを見ても、今ひとつ納得できる見解がなかったせいです。)
「長野県」の地図を広げると、更級(さらしな)とか仁科(にしな)とか言った語尾に「しな」がつく地名が多い事に気づきます。
そして、もう少し見て行くと、その語尾に「しな」が付く地名の分布は、決して長野県中に散在しているわけではなく、特定のエリアに集中している事が分かります。
西は、安曇野北部の仁科から始まり、更級郡、埴科郡を通り佐久へ抜ける東西にのびる帯状の地域に集中しており、長野県北部や、諏訪より南側には殆ど存在しません。
中でも集中しているのが、太古の信濃国造の本拠と思われる現在の千曲市近辺で、「しな」地名に加えて、佐良志奈(さらしな)神社や波閇科(はべしな)神社と言った延喜式にも登場する古社も存在し、「しなの」の謎を解く鍵もこの辺にありそうです。
さて、この東西に延びた帯状地帯ですが、実は長野県内にとどまらず、さらに東側の群馬県へも延びており、多古碑で有名な群馬県吉井町には辛科(からしな)神社という古社があり、さらには、尾瀬の玄関口である沼田市には、片品川という川が流れています。
そして、古代この帯状に延びた地域に暮らしていた人たちは、何らかの共通の事象現象を見て「しな」と呼ぶ言語感覚を共有していたのではないかという仮説が思い浮かびます。
さて、この語尾が「しな」で終わる地名は、全国的にポツポツと、先に述べた帯状地帯ほど集中はしてはいませんが、ところどころに存在します。
有名なところでは、京都の山科(やましな)もその一つです。
そもそも、「しな」という言葉の意味の一つは棚とか段状になったものを示すもので、そこから転じて、上品とか下品と言った等級を表す意味になり、漢字で「品」、「級」、「階」、「科」という字が当てられて行くようになりました。
そして、京都の山科の語源ですが、これはこの地を流れる川の両岸に発達した階段状の地形、河岸段丘だと言われています。(山科は、昔は、「山階」とも書かれていました。)
そこで今度は、先ほど挙げた群馬県の片品川と辛科神社付近の地形を見てみましょう。(次のリストをクリックすると、グーグルマップへ飛びます。)
片品川付近の航空写真:
辛科神社付近の航空写真:
どうでしょうか? 見事なほどの河岸段丘の地形です(分かりづらい場合は、航空写真の尺度を変えてみてください)。
と言うわけで、「しなの」の謎も一件落着したかに思えます。が、しかし、残念ながら、そう簡単には事は終わりませんでした。
実は、長野県内の「しな」で終わる地名の多くには、近辺に河岸段丘がないのです。
(長くなったのでここで中断し、後編はまた)
ソフトウエア設計のトレーニング法 1
前回までのOCRESブログでは、ジム・クーリング博士の書かれた「組込みシステムのためのソフトウエアエンジニアリング」にそって、ソフトウエア工学の学習法を解説してきました。
ソフトウェア工学の最終の目的は、最終的には良質なソフトウェアを作る事にあり、様々な人が、技術者の教育方法を研究しています。
そして、この分野も他の工学分野と同様に、エンジニア教育は、本や座学だけでは不十分で、演習やケーススタディを取り入れなければダメであるというのが、共通の見解です。
そこで、このOCRESブログでは、ジム・クーリング博士が開発されたトレーニング・プログラムを順次、紹介したいと思います。
下の図は、そのトレーニング・プログラムの全体像、コースマップです。
2008年9月26日金曜日
2008年8月10日日曜日
OCRESブログ 第14回 ソフトウェア工学 傾向と対策 その3
UTIの関係者であるAさんと先日会話していたときに、最近の少子化と大学の生き残りが話題になり、同じく関係者である某大学のB教授を交え話が盛り上がりました。
最近の大学は、少子化の問題に加え、学生の指向が昔と変わり、国内の大学だけではなく海外の大学も視野に入れて志望校を選択するようになり、単に国内だけの競争ではなく、海外との競争にも曝されるようになってきたそうです。
Aさんの親戚の息子さんは、難関のハーバード大学とMITの両方に合格し、どちらに行くか迷った結果、奨学金の多いハーバードを選んだそうです。(授業は、単位交換制度があるので、どちらも受ける事が可能です。)
また、筆者の高校時代の友人の娘さんが今年の四月に大学に入学したのですが、彼女の選んだコースは、在学中に海外の大学に留学し、そこでの単位取得が必須となっているそうです。
ちなみに、彼女が入学した大学は、筆者の自宅の近所にあり、時々、書店に行った際に前を通ったりするのですが、この大学は、筆者が学生の頃は、殆どスラム街のような汚さでしたが、今では見違えるほど奇麗になり、外国人の学生も結構見かけます。学生のニーズに合わせて、大学も変身して来ているようです。
さて、海外留学でいつも話題になるのが授業料の高さですが、特にハーバード大学等の有名私立大学の授業料はベラボーなものがあり、年間400万円に加えて寮費(全寮制です)が100万円ほどかかり、普通のサラリーマンの家庭に取っては大きな負担となります。(知人に、ハーバード出身で、今は企業内弁護士をしているアメリカ人がいますが、彼にとっても、子弟に自分が受けたのと同じレベルの教育を施す事は、大変だと言っています。)
日米のサラリーマンの給与の比較ですが、為替相場にもよりますが、金額的にそんなに大きな差があるとは思えません。(もちろん、超高級取りは青天井ですので、比較対象から省きます。)
ただ、アメリカの方が、生活費一般、特に食材費が安いので、単純な比較は難しいのですが、感覚的に日米の家計の内訳で見ると、日本では住宅費が非常に高い分だけ、アメリカでは子弟の大学授業料が非常に高いという風な印象を受けます。
さて、アメリカでは、大学教授だけでなく、いわゆる専門家のサービス全般(プロフェッショナル・サービス)が、日本の感覚では高く感じます。(逆に言うと、日本では、プロフェッショルサービスと普通のサービスとの金額差が小さいとも言えます。)
アメリカの会社の中では、職種によってプロフェッショナル職位とノン・プロフェッショナル職位が明確に分かれている事が多く、両者の処遇はかなり異なります。
何を持ってプロフェッショナル職位とするかは、会社によってかなり異なりますが、大学(院)を出たからといって自動的にプロフェッショナルとして扱われない事は確かです。
そして、ソフトウェア技術者、特にプログラマは、歴史的に言って微妙な位置にあり、かつてはハードに近いオペレーティング・システムを書くプログラマはプロフェッショナルとして扱い、アプリケーション・プログラマはノン・プロフェッショナル扱いでした。ちなみに、上流行程を扱うSEはプロフェッショナルでした。
そして、アプリケーション・プログラマがプロフェッショナルとして扱われ始めたのは、奇しくもUML等が出て来てオブジェクト指向開発が登場して来たあたり、具体的には90年代中盤あたりからです。(ご存知の通り、オブジェクト指向開発では、上流行程と下流行程という概念が希薄になり、両者を明確に区分するのが困難なうえ、往々にして同じ人間が両方に関わっています。)
プロフェッショナル職位の人間は、多くの場合個室が与えられ、あまり雑用に煩わされる事なく(本人でないとできない事を除き、マネージャや事務係(Admin)の人がやってくれます)、専門分野に集中できますし、会社もそれを望んでいます。
また、専門家として処遇されるので、必要なトレーニングや外部セミナー等も受講できます。(反対にノン・プロフェッショナルは、本人の希望に関係なく会社が指定したトレーニングのみを受けるだけです。)
また、昔はアメリカでも給与を上げるためにはライン・マネージャになるしかなかったのですが(筆者が若い頃勤めていたIT大手もそうでした)、最近では、人事施策として、専門家として偉くなる道を選ぶ事ができるようにした会社が増えてきました(ハイテク企業ほどその傾向が高い。)
昨今の日本の技術者の状況を見ると、このような比較も、脳裏に浮かんだりします。
ソフトウェア工学 傾向と対策 その3
下の図は、「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング 上級編」(現時点では未刊)の目次を示しています。
図中の青色部分は、OCRES上級で出題範囲として指定されているところで、黄色の枠内は、OCRES上級試験で直接的な前提知識が記述されている場所を示しています。
第11章のソースコードの分析とテストは、内容としては非常に面白い分野ですが、OCRESは、基本的に分析と設計に重心を置いた試験ですので、設問の対象外となっています。
なお余談ですが、この分野で今流行りのモデル・ドリブン・テスト(モデル駆動型テスト)を中心対象にした試験プログラムを作ったらどうかという提案が、かなり以前から出ていますが、現在のところまだ具体化していません。
管見では、モデル駆動型テストは、まだ市場に完全に定着したアプローチとは言えず、何をもってモデル駆動型テストのエキスパートとして認証されるべきかについても百家争鳴であり、時期尚早な観があると思います。
(一言で言うと、まだリサーチの段階)
ただ注意すべき点は、モデル駆動型テストを行うにあたって、第11章の知識が無駄になるわけではなく、基本的な前提知識となりますので、学習しておく必要があります。
第12章の開発ツールの分野も、第11章と同じ理由で設問の対象になっていません。
ただ内容的には、極めて組込みシステムらしい分野であり、一例を挙げると、IT系ではオシロスコープを持ち込んでデバッッグするような事は普通考えられませんが、組込み系リアルタイム系では極めて日常的な光景です。
第13章が上図中で黄色に囲っているわけは、この章の内容が、OCRES試験分野であるUMLプロファイルを理解する前提条件となっているからです。
特に、OCRES上級の試験対象である「リスク・メタモデル」や「フォールトトレランス・メタモデル」とは、直接的な関係があり、理解しておく必要があります。
第14章は、OCRES上級試験の直接の試験対象になります。
またさらに、UMLプロファイルの「性能メタモデル」を理解する上での前提知識分野となります。
最終章のドキュメンテーションは試験対象とはなっていませんが、その一つの理由は、分析設計と同じくこの分野が、知識分野ではなくプラクティスの問題であるからです。
文書化の本質的な理屈は極めて簡単であり、問題は、その理屈に従って実際上の処理をするかどうかの問題です。
なお昨今では、この文書化も、モデル中心、つまり設計図中心である事を最後に申し添えておきます。
最近の大学は、少子化の問題に加え、学生の指向が昔と変わり、国内の大学だけではなく海外の大学も視野に入れて志望校を選択するようになり、単に国内だけの競争ではなく、海外との競争にも曝されるようになってきたそうです。
Aさんの親戚の息子さんは、難関のハーバード大学とMITの両方に合格し、どちらに行くか迷った結果、奨学金の多いハーバードを選んだそうです。(授業は、単位交換制度があるので、どちらも受ける事が可能です。)
また、筆者の高校時代の友人の娘さんが今年の四月に大学に入学したのですが、彼女の選んだコースは、在学中に海外の大学に留学し、そこでの単位取得が必須となっているそうです。
ちなみに、彼女が入学した大学は、筆者の自宅の近所にあり、時々、書店に行った際に前を通ったりするのですが、この大学は、筆者が学生の頃は、殆どスラム街のような汚さでしたが、今では見違えるほど奇麗になり、外国人の学生も結構見かけます。学生のニーズに合わせて、大学も変身して来ているようです。
さて、海外留学でいつも話題になるのが授業料の高さですが、特にハーバード大学等の有名私立大学の授業料はベラボーなものがあり、年間400万円に加えて寮費(全寮制です)が100万円ほどかかり、普通のサラリーマンの家庭に取っては大きな負担となります。(知人に、ハーバード出身で、今は企業内弁護士をしているアメリカ人がいますが、彼にとっても、子弟に自分が受けたのと同じレベルの教育を施す事は、大変だと言っています。)
日米のサラリーマンの給与の比較ですが、為替相場にもよりますが、金額的にそんなに大きな差があるとは思えません。(もちろん、超高級取りは青天井ですので、比較対象から省きます。)
ただ、アメリカの方が、生活費一般、特に食材費が安いので、単純な比較は難しいのですが、感覚的に日米の家計の内訳で見ると、日本では住宅費が非常に高い分だけ、アメリカでは子弟の大学授業料が非常に高いという風な印象を受けます。
さて、アメリカでは、大学教授だけでなく、いわゆる専門家のサービス全般(プロフェッショナル・サービス)が、日本の感覚では高く感じます。(逆に言うと、日本では、プロフェッショルサービスと普通のサービスとの金額差が小さいとも言えます。)
アメリカの会社の中では、職種によってプロフェッショナル職位とノン・プロフェッショナル職位が明確に分かれている事が多く、両者の処遇はかなり異なります。
何を持ってプロフェッショナル職位とするかは、会社によってかなり異なりますが、大学(院)を出たからといって自動的にプロフェッショナルとして扱われない事は確かです。
そして、ソフトウェア技術者、特にプログラマは、歴史的に言って微妙な位置にあり、かつてはハードに近いオペレーティング・システムを書くプログラマはプロフェッショナルとして扱い、アプリケーション・プログラマはノン・プロフェッショナル扱いでした。ちなみに、上流行程を扱うSEはプロフェッショナルでした。
そして、アプリケーション・プログラマがプロフェッショナルとして扱われ始めたのは、奇しくもUML等が出て来てオブジェクト指向開発が登場して来たあたり、具体的には90年代中盤あたりからです。(ご存知の通り、オブジェクト指向開発では、上流行程と下流行程という概念が希薄になり、両者を明確に区分するのが困難なうえ、往々にして同じ人間が両方に関わっています。)
プロフェッショナル職位の人間は、多くの場合個室が与えられ、あまり雑用に煩わされる事なく(本人でないとできない事を除き、マネージャや事務係(Admin)の人がやってくれます)、専門分野に集中できますし、会社もそれを望んでいます。
また、専門家として処遇されるので、必要なトレーニングや外部セミナー等も受講できます。(反対にノン・プロフェッショナルは、本人の希望に関係なく会社が指定したトレーニングのみを受けるだけです。)
また、昔はアメリカでも給与を上げるためにはライン・マネージャになるしかなかったのですが(筆者が若い頃勤めていたIT大手もそうでした)、最近では、人事施策として、専門家として偉くなる道を選ぶ事ができるようにした会社が増えてきました(ハイテク企業ほどその傾向が高い。)
昨今の日本の技術者の状況を見ると、このような比較も、脳裏に浮かんだりします。
ソフトウェア工学 傾向と対策 その3
下の図は、「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング 上級編」(現時点では未刊)の目次を示しています。
図中の青色部分は、OCRES上級で出題範囲として指定されているところで、黄色の枠内は、OCRES上級試験で直接的な前提知識が記述されている場所を示しています。
第11章のソースコードの分析とテストは、内容としては非常に面白い分野ですが、OCRESは、基本的に分析と設計に重心を置いた試験ですので、設問の対象外となっています。
なお余談ですが、この分野で今流行りのモデル・ドリブン・テスト(モデル駆動型テスト)を中心対象にした試験プログラムを作ったらどうかという提案が、かなり以前から出ていますが、現在のところまだ具体化していません。
管見では、モデル駆動型テストは、まだ市場に完全に定着したアプローチとは言えず、何をもってモデル駆動型テストのエキスパートとして認証されるべきかについても百家争鳴であり、時期尚早な観があると思います。
(一言で言うと、まだリサーチの段階)
ただ注意すべき点は、モデル駆動型テストを行うにあたって、第11章の知識が無駄になるわけではなく、基本的な前提知識となりますので、学習しておく必要があります。
第12章の開発ツールの分野も、第11章と同じ理由で設問の対象になっていません。
ただ内容的には、極めて組込みシステムらしい分野であり、一例を挙げると、IT系ではオシロスコープを持ち込んでデバッッグするような事は普通考えられませんが、組込み系リアルタイム系では極めて日常的な光景です。
第13章が上図中で黄色に囲っているわけは、この章の内容が、OCRES試験分野であるUMLプロファイルを理解する前提条件となっているからです。
特に、OCRES上級の試験対象である「リスク・メタモデル」や「フォールトトレランス・メタモデル」とは、直接的な関係があり、理解しておく必要があります。
第14章は、OCRES上級試験の直接の試験対象になります。
またさらに、UMLプロファイルの「性能メタモデル」を理解する上での前提知識分野となります。
最終章のドキュメンテーションは試験対象とはなっていませんが、その一つの理由は、分析設計と同じくこの分野が、知識分野ではなくプラクティスの問題であるからです。
文書化の本質的な理屈は極めて簡単であり、問題は、その理屈に従って実際上の処理をするかどうかの問題です。
なお昨今では、この文書化も、モデル中心、つまり設計図中心である事を最後に申し添えておきます。
2008年8月7日木曜日
OCRESブログ 第13回 ソフトウェア工学 傾向と対策 その2
昨日はバブルの頃の話を書きましたが、それで思い出した事があります。
知人のF氏から聞いた話ですが、F氏の親戚で、東京都港区に住んでいた一家のおとぎ話の物語です。
その家族の家は、住所だけ聞くと全国的に超有名な高級住宅地にありましたが、実態は、表通りから一歩入った崖下の日の当らない場所であり、湧き水のせいで真夏の日照りが続く日でも地面が濡れているような状態だったそうです。
土地の形も変則的で、細長く曲がった狭い家しか建てられず(1階部分が変形6畳、2階が3畳半程度)、また湿気のせいで家の柱の下の部分が腐りかけ、F氏曰く「親戚でさえ近寄りたくない家」だったそうです。
また、どうもその辺りは昔は墓地かなんかだったらしく、近所の道普請の際に人骨がたくさん出てきた、という話も伝わり、家の住人も何となく陰気な雰囲気があったそうです。
というわけで、その当時、日本中を闊歩していた地上げ屋も、さすがに、ここだけは近寄らない、というような場所でしたが、バブルも末期のある日、2人の紳士が、土地を売って欲しいと、この一家を訪ねて来ました。
何でも、崖上の表通りに面した酒屋が土地を売る事に決めたらしく、その裏手にあった土地も、表通りと同じ相場でまとめて買い上げてマンションを建てたいという話でした。
一家は、もともと気に入って住んでいた訳ではないので、すぐに売る事に決めたそうです。(当時売り渋っている間に、バブルが弾けてしまったという話が山ほどありましたので、極めて幸運で賢明な決定でした。)
結果的に言うとベストのタイミングで売り抜けたことになり、間もなく、バブルが弾け、それまでは、どんな土地でも高値がついていたのに、条件が悪い土地から順に大暴落が始まっていったそうです。
この一家は、その後、堅実に商売を続け、今では豪邸に住んでいて、F氏曰く、「親戚中で一番貧乏だった家が、まるで憑き物が落ちたように明るくなり、一番の金持ちになった、」のだそうです。
My Fair Lady...
ソフトウェア工学 傾向と対策 その2
前回に引き続き、「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング 中級編」(現在はまだ未刊)の内容に従って解説して行きます。
まず、第6章のリアルタイムOSの実際的側面ですが、上の図中の赤インクで示されているようにOCRES中級の出題範囲とされていますが、現実には出題傾向が、第5章とかぶり、OCRES中級だけであれば、【基礎編」の内容の理解で十分でしょう。(ページ数で見ても、第5章の方が6章の3倍近くあり、内容的に5章の方が本質的な問題を議論しており、問題が作り易い。)
第7章、第8章、第10章は、分析や設計の方法論の分野ですので、OCRESは試験対象としていません。
方法論に関しては、座学ではなく、事例研究や演習で、実際に手を動かして学習すべきである、というのがOCRESのスタンスです。
この分野は、知っているという事だけでは全く意味をなさず、実際に手が動く事が重要です。
「傾向と対策シリーズ」の最後に、本書で紹介されている方法論に則った演習コースの例を提示して、勉強法を解説したいと思います。
第9章はコーディングにまつわる問題を議論していますが、これはOCRES上級編の試験対象に指定されています。
9.2 のコーディングやパッケージングの問題は、実装上、分析や設計と同等以上に重要な問題です。
また、9.3-9.4で議論されるコンピュータ言語は、設計者やアーキテクトが必ず身に付けておかねばならない知識分野です。
知人のF氏から聞いた話ですが、F氏の親戚で、東京都港区に住んでいた一家のおとぎ話の物語です。
その家族の家は、住所だけ聞くと全国的に超有名な高級住宅地にありましたが、実態は、表通りから一歩入った崖下の日の当らない場所であり、湧き水のせいで真夏の日照りが続く日でも地面が濡れているような状態だったそうです。
土地の形も変則的で、細長く曲がった狭い家しか建てられず(1階部分が変形6畳、2階が3畳半程度)、また湿気のせいで家の柱の下の部分が腐りかけ、F氏曰く「親戚でさえ近寄りたくない家」だったそうです。
また、どうもその辺りは昔は墓地かなんかだったらしく、近所の道普請の際に人骨がたくさん出てきた、という話も伝わり、家の住人も何となく陰気な雰囲気があったそうです。
というわけで、その当時、日本中を闊歩していた地上げ屋も、さすがに、ここだけは近寄らない、というような場所でしたが、バブルも末期のある日、2人の紳士が、土地を売って欲しいと、この一家を訪ねて来ました。
何でも、崖上の表通りに面した酒屋が土地を売る事に決めたらしく、その裏手にあった土地も、表通りと同じ相場でまとめて買い上げてマンションを建てたいという話でした。
一家は、もともと気に入って住んでいた訳ではないので、すぐに売る事に決めたそうです。(当時売り渋っている間に、バブルが弾けてしまったという話が山ほどありましたので、極めて幸運で賢明な決定でした。)
結果的に言うとベストのタイミングで売り抜けたことになり、間もなく、バブルが弾け、それまでは、どんな土地でも高値がついていたのに、条件が悪い土地から順に大暴落が始まっていったそうです。
この一家は、その後、堅実に商売を続け、今では豪邸に住んでいて、F氏曰く、「親戚中で一番貧乏だった家が、まるで憑き物が落ちたように明るくなり、一番の金持ちになった、」のだそうです。
My Fair Lady...
ソフトウェア工学 傾向と対策 その2
前回に引き続き、「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング 中級編」(現在はまだ未刊)の内容に従って解説して行きます。
まず、第6章のリアルタイムOSの実際的側面ですが、上の図中の赤インクで示されているようにOCRES中級の出題範囲とされていますが、現実には出題傾向が、第5章とかぶり、OCRES中級だけであれば、【基礎編」の内容の理解で十分でしょう。(ページ数で見ても、第5章の方が6章の3倍近くあり、内容的に5章の方が本質的な問題を議論しており、問題が作り易い。)
第7章、第8章、第10章は、分析や設計の方法論の分野ですので、OCRESは試験対象としていません。
方法論に関しては、座学ではなく、事例研究や演習で、実際に手を動かして学習すべきである、というのがOCRESのスタンスです。
この分野は、知っているという事だけでは全く意味をなさず、実際に手が動く事が重要です。
「傾向と対策シリーズ」の最後に、本書で紹介されている方法論に則った演習コースの例を提示して、勉強法を解説したいと思います。
第9章はコーディングにまつわる問題を議論していますが、これはOCRES上級編の試験対象に指定されています。
9.2 のコーディングやパッケージングの問題は、実装上、分析や設計と同等以上に重要な問題です。
また、9.3-9.4で議論されるコンピュータ言語は、設計者やアーキテクトが必ず身に付けておかねばならない知識分野です。
2008年8月6日水曜日
OCRESブログ 第12回 ソフトウェア工学 傾向と対策 その1
筆者は、団塊の世代と団塊ジュニアの世代のちょうど中間点、人口分布で言うと、2つの人口のピークの谷間で、最も出生数が少なかった世代に位置します。そして、社会人に成って以降は、同年輩の人間と話をするよりも、この2つのピークの世代との接触の方が、会社の内外を問わず、圧倒的に頻度が高くなってしまうのは一種の宿命のようなものなのでしょう。
まず新入社員の時の初めての上司が、大体、この「課長 島耕作」を代表とする熱血的な団塊の世代でしたし、管理職になって初めて迎えた新入社員が、どことなく愁いを帯びた団塊ジュニアの世代でした。
そして、この団塊ジュニアの世代が新入社員だった頃は、暗い瞳で、よくバブルの頃の事を訊かれました。
その当時の彼らにとっては、就職する前に蜃気楼のように消えてしまった幻の桃源郷のように感じていたのかもしれません。
しかし、筆者の場合、バブル時代を思い返しても、あまり好い思いをした記憶がありません。
確かに、当時、筆者の勤めていた企業でも、タクシーチケットがバンバン使えましたが(国土交通省ほどではないですが)、残念ながら肝心のタクシーが繁華街から払底していて全く捕まらず、仕方がないので、六本木や赤坂から、自宅のあった世田谷まで何回も歩いて帰った事があります。
また、その当時の取引先の会社の重役さんで、有名な千葉リーヒルズに豪邸を建てた方がおられましたが、バブルが終わるとあっと言う間に彼の会社もなくなり、当人の消息も分からなくなってしまいました。
ごく一部の幸運な例外を除き、バブルの時代に羽振りが良かった人ほど、バブル崩壊後の揺り戻しがきつかったようで、バブル時代たいした事がなかった人(筆者を含む)は、崩壊の影響もたいした事がなく、その後も生き延びています。
ソフトウェア工学 傾向と対策 その1
次の表は、先日発行の「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング(基礎編)」の目次を抜粋したもので、OCRESの試験範囲を色で示しています。(OCRES中級は赤、上級は青色)
なお、OCRESの試験範囲をこの書籍で示しているのは、本書をあくまで指標として使っているだけなので、ほかの書籍や授業、トレーニング・コースで勉強しても全く問題ありません。
ただ、学習範囲の過不足を確認する上で、一度目を通しておいた方が安全である事は確かです。
さて、第1章と第2章は概論にあたる部分ですので、既に組込み系の経験がある人は、読み飛ばしても問題はありません。しかし、他の分野から参入される方は、一通り読んでおいた方が良いでしょう。
第3章は要件分析、第4章はソフトウェア設計に当てられていますが、ここにOCRESの試験の性格が如実に現れており、ビューポイント法やユースケース法、あるいはオブジェクト指向設計等の方法論の部分が完全に試験範囲から外れています。
実は、OCRESでは、このような方法論に属する分野はペーパー試験に向かないエリア、あるいは、設問を作る事が無意味なエリアと考えられております。
実際、学校や企業では、方法論に属する分野は、事例研究や演習等、実際に手を動かして学習する分野であり、方法論の知識をがどの程度持っているかを聞くこと事態に意味がなく、実際のアウトプットそのものを評価すべきである、という考え方が圧倒的です。
また、事例研究や演習の場でも、こじんまりまとまった解答よりも、ユニークなアプローチや面白い考え方を提示した方が高得点が得られる傾向があります。
従って、OCRES試験の特長は、方法論は無用と考えているのではなく、ペーパー試験には向かない分野と考えている、という点にご注意ください。
また、方法論で、もう一点注意しておかなければならない点があります。
現在、組込み系IT系を問わず、オブジェクト指向分析設計は、ソフトウェア開発の中心的な役割を演じていますが、これは決して他の方法論、例えばデーターフローや機能設計等、のアプローチを完全に駆逐した事を意味している訳ではありません。
方法論というのは、一般的に言って、常に一長一短があり、設計者、アーキテクトは、それぞれの特徴を知りながら、使い分けや、時には併用が必要になって来ます。
OCRES試験の上級編で、「4.4 ソフトウェア設計の機能的構造化」の節を試験範囲として指定していますが、これはヨードン法の系列に属する機能構造設計法につながる前提知識の分野です。
これは、OCRESが、いわゆるオブジェクト指向型開発だけで十分とは考えていない事を表しています。
演習や事例研究に関しては、この「傾向と対策シリーズ」の最後で、具体的なコース体系を提示しながら解説したいと思います。
さて、最後の第5章は、リアルタイムOSに関する知識から出題されます。
歴史的に言って、リアルタイム系組込み系システムは、単なるアプリケーション開発ではなく、アプリケーション付きOSの開発と言った方が適切なほどOSと密接な関係があります。
使用するOSもIT系と比べると決してファンシーな機能がついている訳ではなく、スケジューラがOSについてなかったり、あるいは、機能が不十分であったりして、スケジューラそのものを自分で書かなければならなかったり、また、排他制御を(OS任せにすると遅いので)アプリケーションで解決しなければならなかったりします。
第5章の出題は、こういったリアルタイムOSの基礎的な分野から出題されます。
上級編では、さらに分散システムや、スケジューリング・ポリシーの問題も出題されます。
まず新入社員の時の初めての上司が、大体、この「課長 島耕作」を代表とする熱血的な団塊の世代でしたし、管理職になって初めて迎えた新入社員が、どことなく愁いを帯びた団塊ジュニアの世代でした。
そして、この団塊ジュニアの世代が新入社員だった頃は、暗い瞳で、よくバブルの頃の事を訊かれました。
その当時の彼らにとっては、就職する前に蜃気楼のように消えてしまった幻の桃源郷のように感じていたのかもしれません。
しかし、筆者の場合、バブル時代を思い返しても、あまり好い思いをした記憶がありません。
確かに、当時、筆者の勤めていた企業でも、タクシーチケットがバンバン使えましたが(国土交通省ほどではないですが)、残念ながら肝心のタクシーが繁華街から払底していて全く捕まらず、仕方がないので、六本木や赤坂から、自宅のあった世田谷まで何回も歩いて帰った事があります。
また、その当時の取引先の会社の重役さんで、有名な千葉リーヒルズに豪邸を建てた方がおられましたが、バブルが終わるとあっと言う間に彼の会社もなくなり、当人の消息も分からなくなってしまいました。
ごく一部の幸運な例外を除き、バブルの時代に羽振りが良かった人ほど、バブル崩壊後の揺り戻しがきつかったようで、バブル時代たいした事がなかった人(筆者を含む)は、崩壊の影響もたいした事がなく、その後も生き延びています。
ソフトウェア工学 傾向と対策 その1
次の表は、先日発行の「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング(基礎編)」の目次を抜粋したもので、OCRESの試験範囲を色で示しています。(OCRES中級は赤、上級は青色)
なお、OCRESの試験範囲をこの書籍で示しているのは、本書をあくまで指標として使っているだけなので、ほかの書籍や授業、トレーニング・コースで勉強しても全く問題ありません。
ただ、学習範囲の過不足を確認する上で、一度目を通しておいた方が安全である事は確かです。
さて、第1章と第2章は概論にあたる部分ですので、既に組込み系の経験がある人は、読み飛ばしても問題はありません。しかし、他の分野から参入される方は、一通り読んでおいた方が良いでしょう。
第3章は要件分析、第4章はソフトウェア設計に当てられていますが、ここにOCRESの試験の性格が如実に現れており、ビューポイント法やユースケース法、あるいはオブジェクト指向設計等の方法論の部分が完全に試験範囲から外れています。
実は、OCRESでは、このような方法論に属する分野はペーパー試験に向かないエリア、あるいは、設問を作る事が無意味なエリアと考えられております。
実際、学校や企業では、方法論に属する分野は、事例研究や演習等、実際に手を動かして学習する分野であり、方法論の知識をがどの程度持っているかを聞くこと事態に意味がなく、実際のアウトプットそのものを評価すべきである、という考え方が圧倒的です。
また、事例研究や演習の場でも、こじんまりまとまった解答よりも、ユニークなアプローチや面白い考え方を提示した方が高得点が得られる傾向があります。
従って、OCRES試験の特長は、方法論は無用と考えているのではなく、ペーパー試験には向かない分野と考えている、という点にご注意ください。
また、方法論で、もう一点注意しておかなければならない点があります。
現在、組込み系IT系を問わず、オブジェクト指向分析設計は、ソフトウェア開発の中心的な役割を演じていますが、これは決して他の方法論、例えばデーターフローや機能設計等、のアプローチを完全に駆逐した事を意味している訳ではありません。
方法論というのは、一般的に言って、常に一長一短があり、設計者、アーキテクトは、それぞれの特徴を知りながら、使い分けや、時には併用が必要になって来ます。
OCRES試験の上級編で、「4.4 ソフトウェア設計の機能的構造化」の節を試験範囲として指定していますが、これはヨードン法の系列に属する機能構造設計法につながる前提知識の分野です。
これは、OCRESが、いわゆるオブジェクト指向型開発だけで十分とは考えていない事を表しています。
演習や事例研究に関しては、この「傾向と対策シリーズ」の最後で、具体的なコース体系を提示しながら解説したいと思います。
さて、最後の第5章は、リアルタイムOSに関する知識から出題されます。
歴史的に言って、リアルタイム系組込み系システムは、単なるアプリケーション開発ではなく、アプリケーション付きOSの開発と言った方が適切なほどOSと密接な関係があります。
使用するOSもIT系と比べると決してファンシーな機能がついている訳ではなく、スケジューラがOSについてなかったり、あるいは、機能が不十分であったりして、スケジューラそのものを自分で書かなければならなかったり、また、排他制御を(OS任せにすると遅いので)アプリケーションで解決しなければならなかったりします。
第5章の出題は、こういったリアルタイムOSの基礎的な分野から出題されます。
上級編では、さらに分散システムや、スケジューリング・ポリシーの問題も出題されます。
2008年7月27日日曜日
OCRESブログ 第11回 コンピュータ言語
恐らく多くの人がそうだと思いますが、海外に住んでいる時と、国内に住んでいる時とでは、音楽や読書の趣味が多少変化します。
筆者もそんな一人で、例えば、アメリカに住んでいると,かえって日本的な本が読みたくなります。
筆者は、なぜか昔から太宰治氏の書くものが苦手で殆ど読まなかったのですが、カリフォルニアに住んでいた頃のある日、立ち寄ったヤオハン(日系のスーパーマーケット)の書棚で彼の「津軽」を手に取って以降、彼の小説をむさぼるように読み耽るようになりました(少し大げさです)。
しばらくは、太宰治の本が書店から消えてしまったほどです(これは事実です。海外の書店なので、きっと日本の書籍が補充されるのが遅かったからなのでしょう)。
そんなに熱中した太宰治ですが、不思議な事に、日本に帰って来たら、また全く読まなくなってしまいました。
これと似た様な現象が,音楽にも現れました。元々日本にいる時は、さほど演歌を好んで聴くタイプではなかったのですが、アメリカでは、車には必ず演歌のカセットテープを積んで走るようになりました。
特に気に入っていたのが石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」で、この曲を聴きながら、カリフォルニアの青い海や空の下をドライブしていると、ミスマッチな両者の情景が微妙に絡み合い、心地よい爽やかな風となって、心を通り抜けて行きました。
さて、多くの人がカリフォルニアと聞いて連想する曲の一つとして、イーグルスの「ホテル カリフォルニア」が挙げられると思います。
この歌は、もちろん曲の素晴らしさもありますが、ミステリアスで暗示的な歌詞も、多くの聞き手の心に残る要因となっています。
中でも有名なフレーズは、主人公がホテルのキャプテンにワインを持ってくるように頼んだところ,キャプテンは、「1969年以降、そのような酒はこちらにはご用意しておりません、」と断わった場面で、このフレーズは曲の発表以来,様々な形に解釈されて来ています。
有名な所では、酒を意味する「スピリッツ」と精神を意味する「スピリッツ」を引っ掛けて、「1969年以降、そのような精神(スピリッツ)はこちらにはご用意しておりません、」と、ロック業界の頽廃を皮肉っているのだという説がありますが、他にも、1969年は人類が初めて月着陸をした年であり、またベトナム戦争の最中であった事から、60年代のアメリカの繁栄と70年代の興廃期の境を象徴している、という説もあります。
1969年とは?
さて、このブログの読者層は、上記の様なありふれた説に満足されるレベルでは無いでしょう。
1969年には、きっと、もっとミステリアスで深い意味が込められていると洞察される方々が多いと思います。
実は,1969年は、OCRES的には非常に重要な年、ソフトウェア工学とコンピュータ・サイエンスが分離した年、別の言い方をすると,ソフトウェア作りが工学分野として認知された年なのです(なぜ,イーグルスが,この事を知っていたかはミステリーです)。
分離したと言っても、もちろん関係が無くなった訳ではなく、今でも密接な関係にあり、明確な境界線を引く事は出来ません。また、システム工学とも密接な関係があります。
密接に関わり合っている例として、コンピュータ言語を取り上げてみましょう。
コンピュータ言語
コンピュータ・サイエンス系の学生が、筆者の学生の頃(恐らく今でも)やっていた演習の一つに、言語作りーーコンパイラ製作の演習があります。
オートマトンや言語理論を一通り習った後、学生が自分で言語を好きな様に設計して、自分が作った言語の処理系(コンパイラ等)を製作する訳ですが、筆者も学生時代やらされました。
言語の設計そのものは結構楽しく、自由度も高くて好きなように定義できるのですが、あまり複雑な言語体系を作って仕舞うと、その処理系(コンパイラやインタプリタ等)を作るのが大変になるので、当時の学生の常として極めてシンプルな言語体系を設計して楽をしようとする傾向がありましたが、あまりシンプルにしてしまうと何も出来ない言語系になったり、あるいはFORTRANのような機械語のニーモニックの様な言語になってしまって面白みが無くなって仕舞うので、演習担当の助手たちは最低限必要な条件を、演習の最初の頃に提示していました。
当時コンピュータが大嫌いだった筆者も、仕方なく何か適当に言語を定義して(リカーシブ・コール出来る事が必須だった様な気がしますが、かなり記憶が曖昧)、ハノイの塔かアッカーマン関数か何かを計算させていました。
文脈自由言語であれば、当時既にあったyaccなどのツールを使って構文解析部分などサッサと作れるのですが、それも、使用が禁止されていて様な気がします。
また中には、自分の設計した言語で、自分自身のコンパイラを書く、いわゆるコンパイラーコンパイラに挑戦した偉い人もいたと思いますが、うまく行ったかどうかは、全く憶えていません。
しかし、後から翻って考えてみると、この言語の設計製作の演習は、結構有益でした。
もちろん、実社会に出ると、実際に言語処理系を作る事は、そういう部署にでも行かない限りは、まずやりませんが、言語そのものは、直接的もしくは間接的に,様々な形で常に付合って行く事になります(UMLも言語体系の一つです。)
当時、システム記述言語(OSや組込み系を記述する言語)として最もポピュラーだったのがC言語でしたが、当時の学生としては、不満が多く(それは、今の学生がC言語に対して持つ不満と殆ど同じだと思います)、さっさと進化して、D言語やE言語が出来て、21世紀当たりだと当然、Z言語か、ひょっとしたら自然言語でシステム記述が出来るのではないかと想像していましたが、残念ながら、21世紀に入って10年近くたった今でも、相変わらずC言語が主流であるとは、当時は想像もしていませんでした。
さて、言語設計が有意義だというのは、つまり、それが「設計」だったからです。
設計というのは、トレードオフを決定する場です。例えば、言語を出来るだけ精密にしようとして数学式の様な言語にすると、プログラミングの生産性が落ちたり、習得に時間がかかったりして不人気となり誰も使わない言語になったりします。また、生産性を上げようとして簡略な表現法を取ると、可読性が落ちてプログラミング品質が劣化したりします。あるいは、品質を上げようとして、プログラミングの自由度を減らし可読性の高い表現方法を採用すると、今度は生産性が落ちたりして不人気になったりします。
設計は、通常唯一解が存在せず、設計者の個性と市場の間のバランスの上に成り立っています。
こうして、言語の使用者(プログラマ)の観点だけではなく、言語の設計者の観点から言語を眺めるのは、学生にとって非常に良い機会だと思います。
そして、設計法や開発論などに代表される方法論(Methodology)を考えるという事は、徐々にサイエンスから工学(エンジニアリング)の分野に足を突っ込んでいく事を意味します。
方法論というのは、原理法則とは異なり、絶対的なものではなく、例えばオブジェクト指向設計論に則らなくてもシステムは出来ますし、また大抵の場合、適用分野の向き不向きが存在します。
あくまでも、合目的的な思考です。
ところで、組込み系の1つの主要なシステム記述言語がC言語だとしたら、C++言語はどうでしょうか?
答えは"YES、 but.."と少し口ごもった感じになるでしょう。勿論、主流言語の一つである事は間違いありませんが、実は、評判が手放しで良いという訳ではなく、バグを呼び込みやすい言語、使用する上で、注意を要する言語として知られています。
C++言語でプログラミングしたからと言って、オブジェクト指向分析設計をしたとは言えない事は,皆さんご存知だと思いますが、逆も真であり、オブジェクト分析設計をしたからと言って必ずしもオブジェクト指向言語でコーディングする必要はありません。
実装言語を何にするかは、対象エリアの特徴を考え慎重に決定する必要があります。
C++言語が要注意と言われる理由の一つはメモリーの使い方であり、例えば,メモリーサイズの小さなシステムでは、C++の動的なメモリーのアロケーションが問題となったり、また、リアルタイム系では、イベント発生から、メモリーをアロケーションしてオブジェクト生成が終わるまでに要する時間が嫌われたりします。(このような,現象をさけるために、C++系の組込みシステムでは、シングルトン等を使用し、初期化の際にメモリーを割り振ってしまう事が,よく行われます。)
C++言語のもう一つの問題は、コーディングの自由度の高さです。
先ほど、C++で書かれているからと行って必ずしもオブジェクト指向分析設計をしているとは言えないと言いましたが、中にはそれを遥かに超えて、オブジェクト指向プログラミングでさえない場合もあります。
表現するとすれば、「バレンシア風 スパゲッティ・プログラム オブジェクト指向香味添え」という様な、一見高級そうな複雑な味わいのプログラムが結構存在します。
勿論,こう言った事は経験の浅いプログラマが犯しやすく、経験を積むに従って無くなって行く問題ですが、プログラミングの現場は,多くの場合、多数派の経験の浅いプログラマと少数の熟練者という形で構成されやすく、それだけ熟練者の負担が重くなって,全体の生産性や品質を下げやすくなってしまいます。
というわけで、言語の設計と言うのは、言語を考える上で非常に有意義です。
先ほど上げましたyaccやlexと言った構文解析ツールも使えますので、コンピュータ・サイエンス系以外の方でも、サンデー・プログラミングで挑戦可能な域にあると思います。
ただ、風変わりな言語体系を作り、その誰にも理解不能な言語を使って自分だけの世界(システム)を構築するという事は、一歩間違えると漆黒のオタク空間へ吸い込まれてしまい元に戻れなくなってしまう事を意味しますので、耐性が無い方は控えた方が良いでしょう(冗談です)。
筆者もそんな一人で、例えば、アメリカに住んでいると,かえって日本的な本が読みたくなります。
筆者は、なぜか昔から太宰治氏の書くものが苦手で殆ど読まなかったのですが、カリフォルニアに住んでいた頃のある日、立ち寄ったヤオハン(日系のスーパーマーケット)の書棚で彼の「津軽」を手に取って以降、彼の小説をむさぼるように読み耽るようになりました(少し大げさです)。
しばらくは、太宰治の本が書店から消えてしまったほどです(これは事実です。海外の書店なので、きっと日本の書籍が補充されるのが遅かったからなのでしょう)。
そんなに熱中した太宰治ですが、不思議な事に、日本に帰って来たら、また全く読まなくなってしまいました。
これと似た様な現象が,音楽にも現れました。元々日本にいる時は、さほど演歌を好んで聴くタイプではなかったのですが、アメリカでは、車には必ず演歌のカセットテープを積んで走るようになりました。
特に気に入っていたのが石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」で、この曲を聴きながら、カリフォルニアの青い海や空の下をドライブしていると、ミスマッチな両者の情景が微妙に絡み合い、心地よい爽やかな風となって、心を通り抜けて行きました。
さて、多くの人がカリフォルニアと聞いて連想する曲の一つとして、イーグルスの「ホテル カリフォルニア」が挙げられると思います。
この歌は、もちろん曲の素晴らしさもありますが、ミステリアスで暗示的な歌詞も、多くの聞き手の心に残る要因となっています。
中でも有名なフレーズは、主人公がホテルのキャプテンにワインを持ってくるように頼んだところ,キャプテンは、「1969年以降、そのような酒はこちらにはご用意しておりません、」と断わった場面で、このフレーズは曲の発表以来,様々な形に解釈されて来ています。
有名な所では、酒を意味する「スピリッツ」と精神を意味する「スピリッツ」を引っ掛けて、「1969年以降、そのような精神(スピリッツ)はこちらにはご用意しておりません、」と、ロック業界の頽廃を皮肉っているのだという説がありますが、他にも、1969年は人類が初めて月着陸をした年であり、またベトナム戦争の最中であった事から、60年代のアメリカの繁栄と70年代の興廃期の境を象徴している、という説もあります。
1969年とは?
さて、このブログの読者層は、上記の様なありふれた説に満足されるレベルでは無いでしょう。
1969年には、きっと、もっとミステリアスで深い意味が込められていると洞察される方々が多いと思います。
実は,1969年は、OCRES的には非常に重要な年、ソフトウェア工学とコンピュータ・サイエンスが分離した年、別の言い方をすると,ソフトウェア作りが工学分野として認知された年なのです(なぜ,イーグルスが,この事を知っていたかはミステリーです)。
分離したと言っても、もちろん関係が無くなった訳ではなく、今でも密接な関係にあり、明確な境界線を引く事は出来ません。また、システム工学とも密接な関係があります。
密接に関わり合っている例として、コンピュータ言語を取り上げてみましょう。
コンピュータ言語
コンピュータ・サイエンス系の学生が、筆者の学生の頃(恐らく今でも)やっていた演習の一つに、言語作りーーコンパイラ製作の演習があります。
オートマトンや言語理論を一通り習った後、学生が自分で言語を好きな様に設計して、自分が作った言語の処理系(コンパイラ等)を製作する訳ですが、筆者も学生時代やらされました。
言語の設計そのものは結構楽しく、自由度も高くて好きなように定義できるのですが、あまり複雑な言語体系を作って仕舞うと、その処理系(コンパイラやインタプリタ等)を作るのが大変になるので、当時の学生の常として極めてシンプルな言語体系を設計して楽をしようとする傾向がありましたが、あまりシンプルにしてしまうと何も出来ない言語系になったり、あるいはFORTRANのような機械語のニーモニックの様な言語になってしまって面白みが無くなって仕舞うので、演習担当の助手たちは最低限必要な条件を、演習の最初の頃に提示していました。
当時コンピュータが大嫌いだった筆者も、仕方なく何か適当に言語を定義して(リカーシブ・コール出来る事が必須だった様な気がしますが、かなり記憶が曖昧)、ハノイの塔かアッカーマン関数か何かを計算させていました。
文脈自由言語であれば、当時既にあったyaccなどのツールを使って構文解析部分などサッサと作れるのですが、それも、使用が禁止されていて様な気がします。
また中には、自分の設計した言語で、自分自身のコンパイラを書く、いわゆるコンパイラーコンパイラに挑戦した偉い人もいたと思いますが、うまく行ったかどうかは、全く憶えていません。
しかし、後から翻って考えてみると、この言語の設計製作の演習は、結構有益でした。
もちろん、実社会に出ると、実際に言語処理系を作る事は、そういう部署にでも行かない限りは、まずやりませんが、言語そのものは、直接的もしくは間接的に,様々な形で常に付合って行く事になります(UMLも言語体系の一つです。)
当時、システム記述言語(OSや組込み系を記述する言語)として最もポピュラーだったのがC言語でしたが、当時の学生としては、不満が多く(それは、今の学生がC言語に対して持つ不満と殆ど同じだと思います)、さっさと進化して、D言語やE言語が出来て、21世紀当たりだと当然、Z言語か、ひょっとしたら自然言語でシステム記述が出来るのではないかと想像していましたが、残念ながら、21世紀に入って10年近くたった今でも、相変わらずC言語が主流であるとは、当時は想像もしていませんでした。
さて、言語設計が有意義だというのは、つまり、それが「設計」だったからです。
設計というのは、トレードオフを決定する場です。例えば、言語を出来るだけ精密にしようとして数学式の様な言語にすると、プログラミングの生産性が落ちたり、習得に時間がかかったりして不人気となり誰も使わない言語になったりします。また、生産性を上げようとして簡略な表現法を取ると、可読性が落ちてプログラミング品質が劣化したりします。あるいは、品質を上げようとして、プログラミングの自由度を減らし可読性の高い表現方法を採用すると、今度は生産性が落ちたりして不人気になったりします。
設計は、通常唯一解が存在せず、設計者の個性と市場の間のバランスの上に成り立っています。
こうして、言語の使用者(プログラマ)の観点だけではなく、言語の設計者の観点から言語を眺めるのは、学生にとって非常に良い機会だと思います。
そして、設計法や開発論などに代表される方法論(Methodology)を考えるという事は、徐々にサイエンスから工学(エンジニアリング)の分野に足を突っ込んでいく事を意味します。
方法論というのは、原理法則とは異なり、絶対的なものではなく、例えばオブジェクト指向設計論に則らなくてもシステムは出来ますし、また大抵の場合、適用分野の向き不向きが存在します。
あくまでも、合目的的な思考です。
ところで、組込み系の1つの主要なシステム記述言語がC言語だとしたら、C++言語はどうでしょうか?
答えは"YES、 but.."と少し口ごもった感じになるでしょう。勿論、主流言語の一つである事は間違いありませんが、実は、評判が手放しで良いという訳ではなく、バグを呼び込みやすい言語、使用する上で、注意を要する言語として知られています。
C++言語でプログラミングしたからと言って、オブジェクト指向分析設計をしたとは言えない事は,皆さんご存知だと思いますが、逆も真であり、オブジェクト分析設計をしたからと言って必ずしもオブジェクト指向言語でコーディングする必要はありません。
実装言語を何にするかは、対象エリアの特徴を考え慎重に決定する必要があります。
C++言語が要注意と言われる理由の一つはメモリーの使い方であり、例えば,メモリーサイズの小さなシステムでは、C++の動的なメモリーのアロケーションが問題となったり、また、リアルタイム系では、イベント発生から、メモリーをアロケーションしてオブジェクト生成が終わるまでに要する時間が嫌われたりします。(このような,現象をさけるために、C++系の組込みシステムでは、シングルトン等を使用し、初期化の際にメモリーを割り振ってしまう事が,よく行われます。)
C++言語のもう一つの問題は、コーディングの自由度の高さです。
先ほど、C++で書かれているからと行って必ずしもオブジェクト指向分析設計をしているとは言えないと言いましたが、中にはそれを遥かに超えて、オブジェクト指向プログラミングでさえない場合もあります。
表現するとすれば、「バレンシア風 スパゲッティ・プログラム オブジェクト指向香味添え」という様な、一見高級そうな複雑な味わいのプログラムが結構存在します。
勿論,こう言った事は経験の浅いプログラマが犯しやすく、経験を積むに従って無くなって行く問題ですが、プログラミングの現場は,多くの場合、多数派の経験の浅いプログラマと少数の熟練者という形で構成されやすく、それだけ熟練者の負担が重くなって,全体の生産性や品質を下げやすくなってしまいます。
というわけで、言語の設計と言うのは、言語を考える上で非常に有意義です。
先ほど上げましたyaccやlexと言った構文解析ツールも使えますので、コンピュータ・サイエンス系以外の方でも、サンデー・プログラミングで挑戦可能な域にあると思います。
ただ、風変わりな言語体系を作り、その誰にも理解不能な言語を使って自分だけの世界(システム)を構築するという事は、一歩間違えると漆黒のオタク空間へ吸い込まれてしまい元に戻れなくなってしまう事を意味しますので、耐性が無い方は控えた方が良いでしょう(冗談です)。
2008年7月12日土曜日
OCRESブログ 第10回 ソフトウエア工学
最近は、以前ご紹介したOCRESの試験範囲にも指定されている書籍を発行する事もあり、組込み系・リアルタイム系のソフトウエア工学の話をする事が多くなりました。
そこで、今回のブログでは,それらの対話を通じて非常に良く聞かれる事,2点に付いて書いてみたいと思います。言うなれば、ブログ版FAQ(Frequently Asked Questions)です。
欧米のエンジニアは、ソフトウエア工学をいつどこで、どのように学ぶのか?
最も正確な解答は、「欧米と一言で言っても、国によって様々であり,アメリカと言っても産業や企業ごとに異なる」です・・・と言っても、恐らく大部分の人にとっては、正確過ぎて反って、期待した答になっていないと思いますので、私見も交え、大雑把な図を描いてみたいと思います。
まず第一に、IT系と組込み・リアルタイム系では、様子が少し異なります。
IT系エンジニアは、学校でコンピュータ・サイエンス系のトレーニングを一通り受けてきた人が多いのに対し、組込み・リアルタイム系エンジニアは、むしろ、電子工学や機械工学、化学と言ったコンピュータ・サイエンス以外の分野の専門教育を受けて来た人たちが多数を占めます。
従って、学校でのコンピュータ教育は、言語教育までと言った人が主流となり、ソフトウェア工学のトレーニングは、主に企業内教育の場で行われる事になります。
また、ITと異なり、ハードウェアとソフトウエアの独立性が低く、ハードウェアの設計者であってもソフトウェア側の事情を知らないとシステム設計が出来ない場合が多く(ハードのソフト化)、システム工学と合わせてソフトウェア工学のトレーニングを行います。(現実的には、分野によっては、システム設計の主導権をソフトウェア側が握っており、そういった場合は,ソフトウェア工学を通じてシステム工学を学ぶ事になります。)
そして、企業教育の特徴は、グループによる事例研究や演習を短期間(通例2〜4日間)に集中して行う点であり、学校教育のように、週2時間で半年間という様なパターンは皆無に近いと思います。( ただし、E-ラーニング等で、知識教育を補助的に組み合わせるケースは非常に多い。)
システム品質について
システム品質の話をする場合、時々、NASAの惑星探査ロケットが、かつて、メートル法とフィート法を間違えて距離を測定し、惑星に接近するつもりが,激突してしまった事例を取り上げる事があるのですが、人によって受け取り方が違い、筆者の意図する向きとは正反対の方向に解釈される場合もあるので(恐らく,筆者の言葉足らずのせいでしょう)、ここで、改めてお断りしておきたいと思います。
この話をする時の反応は大きく2つに分かれ、一つは、「メートルとフィートの換算方法は小学生でも知っており、なんで何人もの博士号を持つ技術者たちがチェックしたと言うのに、事前に分からなかったのか? 注意不足にもほどがある。」というものです。
この問題は、例えて言うと、ビット列「 0100 」を一方のソフトは4メートルと解釈し、もう一方は4フィートと解釈する様な現象で、解釈が異なる、つまり意味を取り違えてしまうバグで、意味論的エラー(セマンティック・エラー)と呼ばれる問題です。
実は,このようなバグはソースコード・レビューのようなテスト以外の手法で取り去るのは非常に困難である事が知られています。
また、遠い宇宙空間で走る予定のソフトを地上でテストするのも大きな課題です。(たとえ地上でテストしても、宇宙空間で同じように走る保証がない等)
関係者に取っては、「まさか」に属する種類の間違いですが、残念ながら、このような間違いは人間の注意力では解決されず、よりシステマティックなアプローチが必要である事が専門家の間では常識になっています。
システム工学の進歩も,このような品質問題を解決するために進歩してきました。
最近の飛行機は、昔に比べて数段安全になってきましたが、これは決して、昔に比べて、関係者の注意力が増して来たからではなく、墜落する原因のいくつかが解って来て、それに対してシステム的な対処がなされた事に大きく起因します。
従って、こういった問題で重要な事は、エラーを起こした人間の責任を追及する事ではなく、なぜ、エラーが発生するのか,なぜ防げないのかと言った点を調査する事にあり、それに対しシステマティックな解決策を取る事にあります。(当事者は、説明する責任は当然ながらあります。)
昨今のUMLをはじめとするソフトェア設計手法やテスト手法の発達もシステマティックな解決策の一つです。
最近、重篤な状況下の患者に対し非常に難しい処方を施した医師が、結果的に患者が死亡した責任を問われて逮捕されるニュースが流れましたが、システム屋の目には非常に奇異な事件に感じます。
もちろん、刑罰もシステマティックな手法の一つですが、故意の犯罪に対しては、ある程度限定的に有効だと知られている手法ですが、過失に対する抑止効果は極めて疑問です。(そもそも、リスキーな処方をとる事自身が過失だとする意見に対し、疑問がありますが。)
むしろ、システム的、組織的な問題に対し、何らシステム的、組織的解決をはかろうとしない事自身を問題視すべきでしょう。
そこで、今回のブログでは,それらの対話を通じて非常に良く聞かれる事,2点に付いて書いてみたいと思います。言うなれば、ブログ版FAQ(Frequently Asked Questions)です。
欧米のエンジニアは、ソフトウエア工学をいつどこで、どのように学ぶのか?
最も正確な解答は、「欧米と一言で言っても、国によって様々であり,アメリカと言っても産業や企業ごとに異なる」です・・・と言っても、恐らく大部分の人にとっては、正確過ぎて反って、期待した答になっていないと思いますので、私見も交え、大雑把な図を描いてみたいと思います。
まず第一に、IT系と組込み・リアルタイム系では、様子が少し異なります。
IT系エンジニアは、学校でコンピュータ・サイエンス系のトレーニングを一通り受けてきた人が多いのに対し、組込み・リアルタイム系エンジニアは、むしろ、電子工学や機械工学、化学と言ったコンピュータ・サイエンス以外の分野の専門教育を受けて来た人たちが多数を占めます。
従って、学校でのコンピュータ教育は、言語教育までと言った人が主流となり、ソフトウェア工学のトレーニングは、主に企業内教育の場で行われる事になります。
また、ITと異なり、ハードウェアとソフトウエアの独立性が低く、ハードウェアの設計者であってもソフトウェア側の事情を知らないとシステム設計が出来ない場合が多く(ハードのソフト化)、システム工学と合わせてソフトウェア工学のトレーニングを行います。(現実的には、分野によっては、システム設計の主導権をソフトウェア側が握っており、そういった場合は,ソフトウェア工学を通じてシステム工学を学ぶ事になります。)
そして、企業教育の特徴は、グループによる事例研究や演習を短期間(通例2〜4日間)に集中して行う点であり、学校教育のように、週2時間で半年間という様なパターンは皆無に近いと思います。( ただし、E-ラーニング等で、知識教育を補助的に組み合わせるケースは非常に多い。)
システム品質について
システム品質の話をする場合、時々、NASAの惑星探査ロケットが、かつて、メートル法とフィート法を間違えて距離を測定し、惑星に接近するつもりが,激突してしまった事例を取り上げる事があるのですが、人によって受け取り方が違い、筆者の意図する向きとは正反対の方向に解釈される場合もあるので(恐らく,筆者の言葉足らずのせいでしょう)、ここで、改めてお断りしておきたいと思います。
この話をする時の反応は大きく2つに分かれ、一つは、「メートルとフィートの換算方法は小学生でも知っており、なんで何人もの博士号を持つ技術者たちがチェックしたと言うのに、事前に分からなかったのか? 注意不足にもほどがある。」というものです。
この問題は、例えて言うと、ビット列「 0100 」を一方のソフトは4メートルと解釈し、もう一方は4フィートと解釈する様な現象で、解釈が異なる、つまり意味を取り違えてしまうバグで、意味論的エラー(セマンティック・エラー)と呼ばれる問題です。
実は,このようなバグはソースコード・レビューのようなテスト以外の手法で取り去るのは非常に困難である事が知られています。
また、遠い宇宙空間で走る予定のソフトを地上でテストするのも大きな課題です。(たとえ地上でテストしても、宇宙空間で同じように走る保証がない等)
関係者に取っては、「まさか」に属する種類の間違いですが、残念ながら、このような間違いは人間の注意力では解決されず、よりシステマティックなアプローチが必要である事が専門家の間では常識になっています。
システム工学の進歩も,このような品質問題を解決するために進歩してきました。
最近の飛行機は、昔に比べて数段安全になってきましたが、これは決して、昔に比べて、関係者の注意力が増して来たからではなく、墜落する原因のいくつかが解って来て、それに対してシステム的な対処がなされた事に大きく起因します。
従って、こういった問題で重要な事は、エラーを起こした人間の責任を追及する事ではなく、なぜ、エラーが発生するのか,なぜ防げないのかと言った点を調査する事にあり、それに対しシステマティックな解決策を取る事にあります。(当事者は、説明する責任は当然ながらあります。)
昨今のUMLをはじめとするソフトェア設計手法やテスト手法の発達もシステマティックな解決策の一つです。
最近、重篤な状況下の患者に対し非常に難しい処方を施した医師が、結果的に患者が死亡した責任を問われて逮捕されるニュースが流れましたが、システム屋の目には非常に奇異な事件に感じます。
もちろん、刑罰もシステマティックな手法の一つですが、故意の犯罪に対しては、ある程度限定的に有効だと知られている手法ですが、過失に対する抑止効果は極めて疑問です。(そもそも、リスキーな処方をとる事自身が過失だとする意見に対し、疑問がありますが。)
むしろ、システム的、組織的な問題に対し、何らシステム的、組織的解決をはかろうとしない事自身を問題視すべきでしょう。
2008年6月19日木曜日
OCRESブログ 第9回 ソフトウエア・エンジニアリング教科書
随分前ですが、本ブログで、組込みのためのソフトウェア工学教科書の翻訳者を募集した事がありました。
その後かなりの紆余曲折がありましたが、いよいよ来月7月に(株)アイ・テックより、「第一巻、基礎編」が出版される事になりました。邦題は、「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング(基礎編)」です。
本書は、ジム・クーリング氏の世界的名著「 Software Engineering for Realtime Systems」 のパート1に当たり、非常に基本的な分野がカバーされております。
本書の出版に当たり、2時間ほどの無料セミナーを、(株)日立情報制御ソリューションズ様のご好意により施設をお借りして実施する事になりました。 ( 詳しくは、UTI社のホームページ( http://www.umlcert.org )を、ご参照ください。)
また、書店の店頭に並ぶのは、店舗や地域によってかなりばらつくと思われますが(恐らく8月以降?)、上記ホームページでセミナー申し込みと同時に購入予約をし、セミナー会場で受け取る事も可能です。
また、さらに本書をソフトウェア工学のテキストとしてご活用頂く事をご検討頂きたく、本書籍を教科書とした演習中心の標準的な演習セミナーを開催致します。
Aコース: 分析中心 2日間
Bコース: 設計中心 2日間
両コースとも、題材を組込み分野から取り、基礎的なオブジェクト指向分析設計をテーマとしますが、オブジェクト指向以外の他の手法も比較検討と補完の為に使用致します。
企業、学校等で、組込み系のソフトウェア工学の適切な教科書を検討されておられる担当者の方がおられましたら、ぜひご参加をご検討ください。(前提資格として、UMLの簡単な読み書きが出来るレベルを想定しております。(OCUPファンダメンタル取得レベル相当))
このセミナーの申し込みも、上記UTIのホームページから行える予定ですので,一度覗いてみてください。
UTIでは、合わせて、
C: OCUPインターミディエート対策講座
D: OCRES インターミディエート対策講座
E: OCRESインターミディエート水準の設計講座
の各コースも予定しております。
その後かなりの紆余曲折がありましたが、いよいよ来月7月に(株)アイ・テックより、「第一巻、基礎編」が出版される事になりました。邦題は、「組込みシステムのためのソフトウェアエンジニアリング(基礎編)」です。
本書は、ジム・クーリング氏の世界的名著「 Software Engineering for Realtime Systems」 のパート1に当たり、非常に基本的な分野がカバーされております。
本書の出版に当たり、2時間ほどの無料セミナーを、(株)日立情報制御ソリューションズ様のご好意により施設をお借りして実施する事になりました。 ( 詳しくは、UTI社のホームページ( http://www.umlcert.org )を、ご参照ください。)
また、書店の店頭に並ぶのは、店舗や地域によってかなりばらつくと思われますが(恐らく8月以降?)、上記ホームページでセミナー申し込みと同時に購入予約をし、セミナー会場で受け取る事も可能です。
また、さらに本書をソフトウェア工学のテキストとしてご活用頂く事をご検討頂きたく、本書籍を教科書とした演習中心の標準的な演習セミナーを開催致します。
Aコース: 分析中心 2日間
Bコース: 設計中心 2日間
両コースとも、題材を組込み分野から取り、基礎的なオブジェクト指向分析設計をテーマとしますが、オブジェクト指向以外の他の手法も比較検討と補完の為に使用致します。
企業、学校等で、組込み系のソフトウェア工学の適切な教科書を検討されておられる担当者の方がおられましたら、ぜひご参加をご検討ください。(前提資格として、UMLの簡単な読み書きが出来るレベルを想定しております。(OCUPファンダメンタル取得レベル相当))
このセミナーの申し込みも、上記UTIのホームページから行える予定ですので,一度覗いてみてください。
UTIでは、合わせて、
C: OCUPインターミディエート対策講座
D: OCRES インターミディエート対策講座
E: OCRESインターミディエート水準の設計講座
の各コースも予定しております。
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