ストラタジーナム メニュー

2008年5月28日水曜日

OCRESブログ 第7回 UMLプロファイルの目的

筆者が中学生の頃、父の友人で、地方で温泉旅館を経営する方から招待を受け、家族で温泉旅行に行った事があります。
着いてみると、それは近代風の立派な建物で、ホテルと伝統的な和風旅館の形式を合わせた様なところでした。 その立派な旅館の一番良い部屋に家族で泊めてもらい、翌日は彼自身が運転する車で、周りの観光地へ案内してくれました。
そして、いくつかの名所を回った後、夕方頃になって帰路に着こうとしたとき、彼は、思い出したように、確かこの奥にあったはずだと言いながら、車を脇道へ入れ一本道をしばらく走らせて行きました。
一本道がどのくらいあったかは、全く思い出せませんが、着いた場所は、海の傍の丘の上にある一種の戦争博物館でした。
戦争博物館と言っても、中学生の男の子が喜びそうな戦車や戦闘機が置いてある訳ではなく、穴の空いた錆びた鉄兜や、ぼろぼろになった背嚢やもんぺ等が展示してあるだけでした。
筆者は、内心かなり退屈を感じながらも、一生懸命説明をしてくれる父の友人と一緒に、展示物の間を巡っていました。
筆者は仕方なく聞いているという風で、彼の話の中で憶えている事は、唯一、彼自身、戦争中は予科練に行って飛行機乗りになる訓練を受けていて、その訓練の最中に戦争が終わった、という事ぐらいです。

そして、ガラスケースの中を指差しながら説明する彼の声が、あるときから急に変わってしまった事に気がつきました。
振り返ると、彼は涙をぽろぽろ流しながら、嗚咽を堪えるように説明を続けていました。
筆者は、同情するというよりも、むしろ驚きました。というのも、彼は、中学生にとっては刺激的過ぎる下ねたジョークで、泊まり客たちを笑わせており、筆者は、彼を品のないただの中年オヤジぐらいにしか見ていなかったのです。

ガラスケースの中には、特攻隊員たちが残した手紙やはがきが展示してありました。戦後30年近くたってもなお涙ぐむほど、彼の心の傷は深かったのかも知れません。
特攻は、今の時代では狂気の沙汰としか思えませんが、彼らは決して狂気に駆られて死地に赴いたのではない事は、残された手紙類が証明しています。
ある少年兵が飛び立つ前に最後に家族に宛てた手紙の末尾が、「母さん、長生きしてください。」とあったのは、その出来事からさらに30年以上たった今でも憶えています。

一般資源モデリング

OCRESの主要なトピックスとして、各種のUMLプロファイルがあります。これらの目的の話から入って往きましょう。

近年、オブジェクト指向開発がポピュラーになりツールがどんどんと高度化されるに従って、システム開発の時間配分が随分と変わってきました。
かつては、最も長い時間をかけていたコーディングのフェーズが非常に短くなり、場合によっては設計フェーズに付随する付属的な活動と見なせるほど、コーディング単体にかける時間割合そのものが短くなりました。
逆に割合が増えているのが設計フェーズ、特に分析にかけるワークロードが相対的に重要な位置を占めるようになってきました。
一言で組込み系、リアルタイム系と言っても、様々な分野があり、時計から、航空機、ロケット等、個々の分野に特化した分析方法があります。
ところが逆に、これらの多彩な分析方法に、一貫して共通してみられる分析過程が存在します。

図 GRM1-1は、その活動をユースケース表現したものです。
図中のモデラーは、システムの設計を行う人で、モデルを構築し分析し実装する人です。 そして、分析方法の提供者は、モデラーの分析過程をサポートする人で、分析方法を提供し、分析のために必要な資源モデルを提供しますが、UMLのプロファイルは、スケジューラビリティ分析および性能分析のためのフレームワークを提供し、モデラーをサポートします。